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「…ったくあのクソ牧師、幾ら何でも増長しすぎだ」
 森の中、焼け焦げた襤褸を纏う少女を背負いながら、赤い影はひとりごちた。
「大陸じゃあるまいし、何であたしがブリテンで力を振るわにゃならんのだ…!」

 そもそもブリテン――イングランド王国では、魔女は罪ではない。
 魔術を使って人を貶める者が、罪に問われるのだ。
 この頃には処女王により国教会が復活し、新教に対する旧教の弾圧も収まっていた。
 ――ブラッディ・マリーことメアリ1世の御時世なら兎も角も、である。
 大体、メアリ1世の死後、処女王によって異端者火刑法は破棄されていたのだ。
 英国では被疑者に対する拷問も認められていない上、大陸より証拠認定がまともだった。
   プリッカー
 魔女検分法律家でもいない限り、滅多な事では火炙りになどされないのが英国だ。
 つまり、今回はプリッカーが一枚噛んでいたのであろう。
 プリッカーは、金のために魔女をでっちあげる。

 忌々しい話だ、と赤い影が呟いた。
 これから百年の後に、彼女は同じような感想を再度漏らす事になる。
 彼女がマシュー・ホプキンスと言うプリッカーと火花を散らすのは、また別のお話。

「フランスと神聖帝国で魔女狩りぶっ潰して、久々に故郷に帰ってくりゃ、これだ」
 やってられんぞ、と誰にともなく、赤い影は言う。
 彼女は一週間後、同じ目的でスイスに行くことになっている。
 たまの息抜きにも常と同じ事をしている辺り、ヴァルプルガという生き方も業が深い。
 『ブリテンでは実に稀なケース』に運悪く遭遇した彼女は、いらいらしていた。

「あの…貴女は、魔女なのでしょうか?」
 それまで沈黙を保っていた少女が、やっとの事で口を開いた。
 焼け焦げてしまって、使い物にならない脚には、変幻自在鞭が巻き付いている。
 魔術によって制御されるそれは、痛みを和らげ、脚の代わりになる。
 恐ろしく精巧な義足、それがヌアザ・エルギュラヴのもう一つの顔である。
 もう暫くすれば、彼女はそれを使って歩けるようにもなるだろう。
 赤い影は、運悪くいつも通りになったのも、彼女を救うためと思えば、気が紛れた。
「呼び方は勝手だけどな。あたしより教会の方がよっぽど悪魔的だと思うぞ?」
 それに、と赤い影は言った。
「どうせなら名前で呼んでくれ。リアン・B・ヴァルプルガ。リリィって呼ばれてる」
「リリィさん…その、私、魔女に助けられてしまって…天国に行けなくなりはしないでしょうか?」
 リリィは、深い溜息をついた。
 これだから、敬虔なキリスト教信者はいけない。
「あのなぁ…天国ってのがキリストのおっさんのいるとこだけだと思ってんのか?」
「はぁ、違うんでしょうか」
「ちげーよ、大陸とかデーンの方じゃ、死んだらヴァルハラ行くとか言うぞ」
「はぁ、それは異教の天国であり、つまり地獄ですよね?」
「ちげーって。天国は一杯あるんだよ、アンタの天国以外にも」
 そうなんですか? と少女が首を傾げるのが、気配でわかった。
「そうさ。アタシの天国はティルナノグとか、アヴァロンとかそういうのだ」
                  アルトス
「アヴァロン…ああ、先ほどの『熊の王』って、円卓の騎士王の事ですか?」
                                    パラダイス
「そーそー。あの王様、死ん…でないけど、行ったのはいわゆる天国じゃないぞ」
「はぁ。そうなんですか?」
「そうさ。アンタの知ってる神様ってのは、たくさんいる神様の中の一人なんだよ」
「はぁ」
「でなきゃ、『自分以外の神の信仰の禁止』なんて戒律、要らないからな」
「じゃあ、私は天国に行けるんですか?」
 やれやれ、とリリィは苦笑した。
 何とも純真な事だ。
 キリスト教信者が皆このぐらい素直だったら、自分の家族はもっと多いのに、と思う。
             アヴァロン
「あぁ、行ける行ける。妖精郷は懐が広いからな」
 そうなんですか、と喜んだあと、少女は、でも、と暗い声を出した。
「私、帰る家がありません。家どころか村に帰れません」
 ぽつ、と肩に落ちる雫。
 涙だ。
「父様も母様も天に召されましたし、私これからどうしたら…」
 ううむ、とリリィは唸った。
 人々を助けた後のこの湿っぽい空気が、何とも彼女は苦手だった。
 彼女の性質は、炎である。
 湿っぽいのは大嫌いだ。
「なぁ、お前、名前はなんて言う」
「…フィオナ・クール」
 英雄フィアナ・マックールを思わせる名だ。
 fionnはリリィの故郷の言葉で金の髪の白い肌の人を差す。
 成る程まさにその通り、である。
 ススで汚れてはいるが、フィオナの髪は美しい金髪だった。
「泣くな、フィオナ。帰るとこなら作ってやる」
 フィオナが息を呑んだ。
「ほんとう?」
 声に明るい物が混じる。
 実際、リリィには何の妙案も無かったのだが――
 まぁ、なんだ、湿っぽいよりは良いと思ったのだ。


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