
『それ』は空を見上げる影であった。
虚空の果てには、欠けたる所無き月。
――否。正鵠を期さば、その眼は空など見てはいない。
仰ぐはただ、十字架のみ。
教会の前に立つその影は、不遜にも磔の聖者を睨みつけている。
影は、少女であった。
その奇異なる姿を見咎める者は――
先日処女王が国教会を創設したばかりの倫敦には、皆無であった。
夜の眷属である少女は、闇を味方につけるのだ。
親の敵のように、四半刻ばかりじっくりと睨みつけ、そして踵を返す。
今度こそ少女は空を見上げ――。
そして、睨みつけた。
遠く、立ち上る煙を。
歯噛みし、走る。
こんな時、余人が勘違いするように、空を飛べたならどんなに良いか。
そんな事を、考えながら。